目をみて・・・手をとって





 熱を出した。


 今までものごころついた時から熱なんか出したことなかった。
 風邪なんかも数えるほど、それこそ片手でも余る。

 ぼんやりと布団に入ったままナルトは考えた。

 …昨日の夜…カカシ先生は機嫌が悪かっただけだってばよ
 …だから、
 …だからきっと、昨日のアレは嘘だったんだってばよ…

 ナルトは少しばかり熱でぼーっとした頭でそう考えていた。
 天井を見つめ、目を閉じる。
 そしてゆっくりと目を開けた。

「っふ、うー…」

 おぼつかない足取りで、ナルトはベットから抜け出し、部屋を後にした。






目をみて…手をとって02





 なくなった食材を埋めるべく、買い物に出ていたうちはサスケは買い物袋を片手に歩いていた。
 お昼過ぎということもあり、店の並んだ通りに人通りは少なく、ゆったりとした気持ちでサスケはいた。


「ん?…あれは…」

 ふと目の端に入った金色の髪。
 その髪色の持ち主をサスケは知っていた。

「ナルト?」

 今日は任務はナシ。
 各々が久し振りにある休日を有意義に使っている。
 それは、修行に使ってもいいし、ゆっくり身体を休めることもできる、嬉しいもの。
 ナルトのことだから、ひとり森に行って修行でもしているだろうと思っていた。

 が、サスケが今見たナルトの様子はツラそうだった。
 壁などに手をつき、ふらつく身体で歩く姿ははっきりいって危ない。
 一目見て、具合が悪いと分かった。

「あのバカっ」

 サスケは舌打つと、角に消えたナルトを追って駆け出した。

 曲がった角を抜け、ナルトを追いかけながらサスケは知った道順に気付いた。

「この道、カカシの家…?」

 そう、この知った道はサスケら七班を率いる担任カカシの家への道だった。
 その道をなぜナルトが歩いているのか…。
 疑問が頭によぎったが、今すぐ考えることではない。
 具合の悪いナルトをどうにかすることのほうが先だ。
 目の前にナルトの後ろ姿を捉え、早足でサスケは近づいていった。




 ピンポーン。

 インターホンを鳴らす指が震える。
 重い身体を誤魔化し誤魔化し引きずって、いつもより倍近く時間をかけてナルトはカカシの家に辿りついた。

 ナルトは体調が悪い中急いて来たため、荒くなっていた息を正すため下を向く。
 快晴となった天気のおかげで濡れて黒く変色した木目の板は殆んど乾いていた。

 何度目かの深呼吸をしていると、部屋の中から物音と声がした。
 きっとカカシのことだ。今まで寝ていたのだろう。
 ナルトは容易に考えれたことに少し笑い、ドアの開く音に勢いよく顔を上げた。

「せんせっ…い……?」

 顔を上げたその先にあったのは…

「あら、あなたカカシさんの生徒?カカシさんならまだ寝てるわよ。……急ぎなら起こしてきましょうか?」
「あっ…」

 にっこりと艶やかに笑うその顔はカカシではなく、若い女のモノ。
 ナルトの笑顔は瞬時に変わった。
 しかし、女はナルトの表情の変化に不思議に思う間もなく、後ろから肩を掴まれ、振り向かざるを得なくなった。

「あら、起きたの…っ、ん」

 カカシに顎を捕られ、口付けを受ける。
 ねっとりと舌の絡み合うキスにナルトは泣きそうに歪んだ顔を俯かせることでしか、目を逸らせなかった。

「ん、あん…っ。カカシ、さんっ。もうダメよ。小さな子があなたを訪ねて来ているんだから」
「ん?小さな子?」
「ほら、ここに」

 キスの合間に交わされる言葉に、カカシは眉を上げ、女の指すほうを見た。
 そこで初めてナルトが居ることに気付く。

「ああ。ナルト」

 まるでそこにある物を呼ぶかのような、淡々とした声。
 一方、女に指差されるまでカカシに気付かれなかったナルトは、こんなに近くに居るのに自分の存在を気付かれなかったことに、ショックを受けていた。
 そしてショックを受けるにしてもただ、それだけじゃあない。

 別れを一方的に告げられたといっても、昨夜のこと。
 早くも相手を見つけて身体の関係にまで発展していることにもナルトに多大なるダメージを与えていた。
 ナルトとしては、昨夜のことは何かの間違いであった。と考えていたわけだったから、余計に始末が悪い。

 昨夜自分の身に起こった事態の時よりも、ナルトの中でパニックが起こっていた。

 …なんで?
 …なんだでなんでなんでなんでっ

 何故。という思いばかりが頭の中を駆け巡っていく。
 昨日の夜まで、恋人同士だったカカシとナルト。
 なのに、今はもう別の女の人とキスをしている。

 ナルトは目の前で起こっていることが俄かに信じられなかった。
 だから、

「なんで?」

 こう訊くしかなかった。
 カカシはナルトの問いかけが聞こえたのか、目を寄越す。
 ナルトはもう一度問うた。

「先生、もうその人と付き合ってるってば?」


「うん。付き合ってるよ」

 どうか、違っていて欲しいと願う中、カカシはさらっと言った。

「なんでっ?!」

「好きだから」
「…っ…!」

 他になにか理由はあるか?と目で問われ、ナルトはなにも言えなかった。


 …好きだから、

 率直なその言葉にナルトは思い出した。
 ナルトとカカシが付き合うきっかけとなった言葉もそれだった。
 あの時はナルトから好き。と告白したのだが、カカシから言われたことはなかった。
 今までどうして気付かなかったのか…。考えてすぐにナルトは思い返した。

 恐らく、自分は舞い上がっていたのだ。

 好きだと気付いて、告白して。
 そして、すぐに付き合いを始めた二人。
 そのことが嬉しすぎて、カカシの気持ちなど一度もちゃんと確かめたことなどなかったのだ。


 …カカシ先生に好きって言われたことない…

 その事実にナルトは愕然とする。


「せん、せい…は。……先生はオレが好きだったからオレと付き合ったってば?」

 そうであってほしい!と願いを込めてナルトは言った。

 震える、小さな問いだったがカカシには聴こえたらしい。
 カカシは、小さく溜め息をつくと女に部屋に入っとけと手を振った。
 そして、仕方なさそうにまた溜め息を吐くのだった。
 そのいかにも、面倒臭そうな仕草にナルトは昨夜から耐えていた涙が零れ落ちそうになった。
 しかし、ここで泣くわけにはいかない。

 例え、

「ねえ、ナルト。昨日要らないって言ったデショ。お前がここまで聞き分けのない奴だったなんてな…」
「…それは、もう分かってるってば…よ」

 …ウソだ、分かりたくないっ
 …先生と別れたくないっ

 心では反対のことを叫びながら、ナルトは俯く。

「でも。訊いてるのは、オレが好きだったから付き合ったってことだってば…」
「……」

 そう、例え。
 その答えが望んでいるものじゃなくても、

「別に好きじゃないよ」
「…っ…!」

 …泣いちゃだめだってばよっ

 目尻に浮かんだ涙を必死に堪えるナルト。
 身体を揺らし俯くナルトに、カカシが眉を顰めて目を眇めたのが気配で分かった。

 …泣いちゃダメだ!
 …ほら、先生に嫌な思いをさせちゃダメだってばっ!

「ナルト?」

 怪訝そうに顔を寄せてこようとするカカシにナルトは咄嗟に身体を退いて、大きく首を振った。

 そして、

「先生っ」
「?」
「短かったけど付き合えて良かったってばよ…っ」

 顔を上げて、笑顔を見せるナルト。


 嘘でもいいから好き。と言って欲しかったけど…、
 好きでもない自分と付き合ってくれたカカシ先生。



「ありが、とう……!」

 振り切るようにそれだけを言うと、そのまま逃げるようにカカシのアパートを後にし、ナルトは駆け出した。




「ナルトっ…?」

 いきなり、ありがとう。と礼を言われ、走り出すナルトへ声を掛けるが、ナルトは振り向かなかった。

「ねえ、どうしたの?あのこ」

 ナルトが走り去った音が聴こえたのか、一度部屋の中に入っていた女がカカシの腰に手を絡ませた。
 カカシはそれへ軽いキスを返しながら、ナルトの去った方向を見つめ、言った。


「さあ、どうしたんだかねぇ…」


 カカシの見ていたた方向。
 そこには……黄色と黒という決して交わらない目立つ色が並んでいた。

 呟いた声の調子とは反対に、

 カカシの眼は昏い焔が立ち込めていた。





 一方、カカシのもとから駆け出したナルトは、

「おいっ、ナルト!」
「放せってばっ、サスケっ!!」
「放せと言われて、誰が大人しく放すかっ」

 角を曲がった途端、何故かそこに居たサスケに腕を掴まれていた。

 今、誰とも顔を合わせたくなかったのに…。
 ナルトは強い力で掴まれたままの腕を、サスケの手から離させようともがいた。
 しかし、何度試みても埒のいかない現状に、ナルトは自分がだんだんと情けなってきた。

 ワケも無く強姦され。
 汚れた自分は好きな人から要らないと言われ。
 その付き合っていた好きな人に好かれていなかった自分。

 耐え難い衝撃にナルトの心はボロボロだった。
 そこへ、共にスリーマンセルを組む、ライバルのサスケを前にして堪えていた涙が溢れてきた。


「いいから…っ…、も、ぅ…はなせ…よ……っく、…ふ…ぅ…うっ」

 ライバルだと思っている相手に、涙なんか見せたくないのに。一度堰を切った涙は止まることを知らなかった。

「…………泣くなよ…」
「泣いて、なんか、ナイっ」

「……もういい。泣くなってば…」

 ぽんぽん、と小さな子供を相手に背中をあやすようにするぎこちない優しさが、らしくなくて戸惑いながらも、やはり涙は止まらない。


「頼む。ナルト……」


 泣いているのはナルト。
 だが反対に縋るように言葉を吐き出したのはサスケだった。



 ナルトは、自分を抱き締める震える腕に欲しかった温もりを感じ、サスケの腕の中、泣き続けた。





                 ≪top back next≫

作者余談・・・
サスケが出張ってきます。カカシ、どーすんの?