IF...
今日新しい先生に会った
これからイルカ先生に代わってオレに指導してくれる人
少しやる気なさげで
眠たそうに落とされている目蓋
思わず強いの?って訊いたら
―――
うん 上忍だからね
って返されちゃったてば
それと同時に笑顔を見せられて
オレってばどうかしたかもしれない
里の大人と同じ眼を向けられたのに
オレってば……
……ドキドキした
―――
どうしよう…?
冷たい視線を向けられて、
溜め息もいっぱいつかれちゃったし、
嫌いだとも言われた
なのに
最後に笑みを見た途端、胸に広がっていた冷たいものが
サアァっと引いていったんだ
それでさ?
代わりにあったかいものが流れ込んできたんだってばっ
イルカ先生に感じる暖かいものとは少し違って…
それはゆっくりと全身に駆け巡っていったんだ…
ねえ、
どうしよう
これってなんなんだってば?
カカシ先生…………
「ふぁ〜あ…」
退屈で、思わず欠伸が勝手に出てくる。
「うぅ〜…、暇だ…」
青く晴れた空を振り仰いで、もう一度欠伸が零れる。
「あ〜…あ」
もはや欠伸とも言いかねる溜め息のようなもの。
それが完全に出終わる前に、頭に強い衝撃が走った。
「くぉ〜らっ、ナルトぉ〜っ!!」
「っで〜――っ!?」
「何さぼってんのよっ。早くやりなさいよっ!ココはアンタが受け持ってるんだからね」
「アテテテっ…つぅ…」
サクラの攻撃に前へつんのめってしまったナルトは土と仲良くキスするはめとなった。
痛む頭をさすりながら、ナルトは身体を起こす。
「だって、サクラちゃん〜」
「だってじゃないっ。任務でしょ?これは」
情けない声を出すナルトにサクラはにべもなく一蹴した。
「任務ったって…ただの草むしりだってばよ〜、こんなの。なんかさ、なんかさ。もっとこう…」
毎日毎日やる気の出ない退屈な任務ばかりで、元気の有り余っているナルトとしては、今の任務内容に物足りなさを感じていた。
しかし、下忍でしかも忍者になりたての彼らに重要な、ランクの高い任務が回ってくるはずもなく……、一人ナルトの気持ちばかりが空回りしていた。
「あのねえ、ナルト。早く重要な任務をしたいのは分かるわよ?
でもね、私たちはまだ下忍なの。それこそ、カカシ先生に先日言われたチームワーク≠作り上げなきゃいけない時期なのよ。そのことちゃんと分かってる?アンタ」
もっともなこと言うサクラにナルトは口を尖らせる。
「分かってるってばよ!でも…さあっ」
「でももないのっ!ホラ、サスケ君を見習いなさいよっ?ちゃんと任務をこなしてるわ」
サクラが指差すほうを見れば、こっちのことなん気にした様子もなく黙々と草むしりをこなしている。
彼の後方には大きな緑色の山が沢山出来ていた。
あともう少しで、サスケが受け持った範囲が終わりそうである。
その様子を見てサクラは感激したように声を上げる。
「さすがっ、サスケ君v…それに比べてナルトは…」
「う"っ…」
じぃ〜っと横目に見られ、ナルトはたらりと汗を流す。
「や、やるってば。オレもちゃんとやるってばよっ」
サクラに淡い恋心を抱いていたナルトとしては彼女に白い眼で見られることは苦痛だった。
「まったく…」
いそいそと草むしりを再開したナルトを見て、サクラは安心したように溜め息をついて、自分の持ち場へと帰っていく。
ナルトは自分が受け持った緑色の広い範囲を眺め、サクラが去った後こっそりと溜め息をついたのだった。
―――やっぱり、退屈だってばよ
* * * * * *
「ナルトぉ〜っ!!」
太陽も南下し、そろそろ昼食にしようかと考えていた時サクラの大きな声にカカシは手元から顔を上げ、何事だと、視線を遣った。
―――ああ。またサクラに怒られてるよ、アイツは
大きな木の影の下。
背を預けて本に読み耽っていたカカシはいつもの事だなと思い視線を戻す。
初めての顔合わせから…もとい下忍と認めた時から早一週間が経っていた。
本音を言えば下忍と認めるのもどうかと思えるほどカカシの望むチームワークがなっていなかったのだが、そこは軽く目を瞑った。
スリーマンセルの本質が解っている現在、これから幾らでもチームワークは生まれていく。
……例えそれが嘘のものだったとしても。
カカシは読んでいたにしおりを挟み本を閉じた。
少し目が疲れていたのだろう、鈍い目元を指で解す。
「さて、と」
カカシは立ち上がった。
「お前ら、休憩にするぞ〜」
「はぁ〜い」
「わあーっ!飯だってばよっ」
「……」
号令をかければ、途端に三者三様に返事が返ってきた。
サクラは持参した手作り弁当を持ってひとり座り込む、サスケのもとへといそいそと近づいていっている。
これも、いつもの事である。
カカシは何処か傍観した眼でそれを見送った。
サスケ的には復讐者という自負があるためか、もともと独りを好むのか、近寄ってくるサクラを少し鬱陶しそうに見遣る。
だが、特別邪険にするわけではないため、サクラはその気配を知りつつもサスケに視線を送っていた。
一方、元気な声で返事をしたナルトはサクラに淡い想いを寄せているだろうに、そんなサクラとサスケの距離に頓着した様子もなく自分で握ったのだろう、いびつなおにぎりをパクリと食べていた。
その普段とは違う静かな雰囲気にカカシは一瞬眉を顰める。
「…?」
―――おかしいね。
お前、いつもならサクラの邪魔しに行くじゃない?
一週間もあれば個々の性格やら大体の動きが分かってくる。
カカシが憎むべき九尾の器ナルトは大騒ぎし、気持ちばかりが空回りして失敗ばかりしていた。
そんなナルトを厳しく諌めているのがこのスリーマンセルで紅一点のサクラだった。
そしてもう一人。
サクラが恋心を寄せるうちは一族のサスケは誰とも馴れ合う気がないのか、どんな任務にもさして文句も言わず一人黙々とこなしていた。
―――まあ。予想通り…
ってとこだったんだけど…
ふむ、と思案するように頷きカカシは足を踏み出した。
* * * * * *
「サスケくぅ〜んっ!隣、いい?」
カカシ先生からの休憩を告げる声が聴こえたすぐ後、サクラちゃんはサスケのほうへ走って行った。
オレはそのウキウキとした背中を見送った。
―――今までのオレだったら絶対にしないことだってばよ
今なら好きな人、気になる人の傍に近寄りたいっていう気持ちが分かるから…
ナルトは荷物置き場から笹で包んだお昼を取ると、サスケたちがいる反対にある木陰に腰を下ろした。
天気も良く、時折吹く風によりざわめく木々の音。そして近くに川があるのだろう、水のせせらぎをまた風が運んでくる。
ナルトはその心地いい音を聴きながら、おにぎりを口に運んだ。
その時、サクリっという草を食む音がした。
「ナルト。なぁに、してんの」
ふわっと、背後から暖かいものがナルトの身体を包み込み、ナルトはびっくりしたような声を上げた。
「せ、せんせいっ!?」
「うん、オレ。で、ナルトはここで何してんの?向こうでみんなと食べないの?」
ナルトが振り向くと、カカシはナルトの身体を放し、顔を覗き込む。
「べ、別にいいってばよ。オレだってひとりになりたいときはあるんだってばよっ」
「そう?じゃ、先生向こういこっか」
「えっ!」
「んじゃね。邪魔しちゃ悪いから」
にっこりと笑って立ち去ろうとするカカシにナルトは慌てたようにカカシを引き止めた。
「ま、待ってっ。先生!」
引き止める声に、カカシはにやりと口の端を上げた。
その狡猾な表情はカカシがナルトに背中を向けていたため、ナルトに見られることはなかったが。
「…先生は、別に邪魔じゃないってばよ…」
少しよわよわしい声とともに見上げてくる揺れる瞳にカカシはまたナルトに分からぬよう、口を歪めた。
「先生は邪魔じゃないんだ?」
「…うん」
ナルトはじっと見下ろすカカシの視線を頬に感じ、耐えられず俯く。手元には食べかけのおにぎりがあり、じっとそれを見下ろした。
「ふうん」
カカシは鼻を鳴らし、下を向いたまま動かないナルトの前に座り込むと、おにぎりを持ったナルトの右手を掴んだ。
「っ?」
「うん。形は悪いけど、美味しい」
「あ…」
掴んだままおにぎりを食べるカカシの口元に視線が行き、ナルトはわけも分からず、赤面する。
「先生……」
「ん?なに、食べちゃだめだったか」
「う……、ううん」
「そ。よかった。ん、ごちそうさま」
最後の米粒まで食べ終えると、カカシはナルトの頭を撫でた。
ナルトはその無遠慮な仕草をくすぐったそうにしながらも甘受した。
―――ねえ、お前こういう風に甘やかしてもらったことないデショ
腕の中で何処か照れくさそうに頬を微かに染めて無邪気に笑うナルトにカカシは冷ややかな眼で見下ろした。
荒んだ環境下においても、何も疑わず真っ直ぐに育ったナルトには少し驚かせられたが、カカシはそれを都合がいいと受け止めた。
普段慣れていない、愛情というものや人の優しさ、温もりというものを与えてやればナルトは無意識に作っている殻の中へとその人物を入れてしまう。
その代表的な存在と言えるのは、
アカデミー学校の中忍教師、イルカ。
ナルトのアカデミー在学中の担任である。
カカシはまずはその位置と並ぶ。いや、それを超える存在になるために、ナルトに嘘の優しさを見せる。
「ねえ、ナルト。任務の後ヒマ?」
「え、なになに?先生」
ふいに頭を撫でる手を止めたカカシを見上げ、ナルトは不思議そうに言う。
「ん〜?お前のね、お昼とっちゃったから、何か奢ってあげようと思ってね」
「マジっ?んじゃさ、んじゃさぁ〜…ラーメン!ラーメンがいいってばよっ!」
今見せる笑顔が、優しい声が言葉が嘘とも知らず、罠に引っ掛かっていく。その様を見、カカシはひとりほくそえんだ。
「わかった。お前が好きなもの食べろ」
「うんっ」
笑顔を見せて元気良く返事をするナルト。
カカシはもう一度ナルトの頭を撫でると、立ち上がった。
「じゃ、休憩はもう終わりね。残った仕事をちゃっちゃと片付けようか」
「わかったってばよ!」
立ち上がったカカシのあとを追うようにナルトは勢いよく走り出す。服に付いた草を振り散らしながら、サスケとサクラに伝えに行く後ろ姿を見、カカシはくっと、思わず笑い声が漏れた。
「ほんと、お前って単純だねえ」
呟きは突風に呑まれ、消えていった。
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