一緒に居ようと

共に生きようと
俺たちは約束した


だから離れることなど予想もしていなかった
傍に居ないことがこんなにも寂しさを伴う痛みになるだなんて
あの頃の俺には想像することなんて出来なかった


ただ、失った悲しみに捕らわれ、怒りに満ちていた
あの頃の俺には………








分からなかったんだ………………














華詞 〜ハナコトバ〜0.1 








その日は、いつもと変わらない日々が過ぎていた。




醜く欲望渦巻く思う一心で都を治めていた陳王高が処刑され、周りに居た側近の蔀蝉示も燕旺珂によって殺された。蔀蝉示は旺珂が復讐者として追い求めていた標的だった。
都に攻め入り、戦の終わった後彼がその首に手を掛けるとき誰も止めなかった。孟元堅も貴紗烙も。ただひっそりと、彼の復讐に終止符が打たれることを見ていた。

彼の付き人白怜迅も例外ではなく、主である旺珂が蔀蝉示の首を切り落とし、身体全体に血を浴びるのを真っ直ぐと見ていた。

俺の耳には慈悲を乞う情けない蔀蝉示の声と、戦場で慣れてしまった感覚が残った。肉を絶つ厭な音と血の生臭いにおい。思わず目を逸らしてしまったのはどうしてだろうか。
自分だって家族の仇をとりたくて、殺してしまった役人がいるじゃないか。それだけじゃなくて、戦場で何度となく見てきた光景。とっくに慣れてしまっていたと思っていたのに……それでも、一個人が、誰かに対して思いを持って切りつけるという行為に俺は震えが忍び寄ってくることに気づいた。

「大丈夫か」

身体を自分で守るように抱き締め、柱の影に隠れるようにもたれ掛けた俺に、小さく確かめるように尋ねてきた抑揚のない声に俺は答えるように頷いた。

「そうか」と、一言だけいって相手は震える俺の身体を腕の中に閉じ込めた。
俺はそれに安堵したような笑みを見せ、静かにその場から立ち去ることしか出来なかった。




耳に、



蔀蝉示の断末魔が



こびりついて離れなかった。




*   *   *   *   *   *   *   *




「おぉ〜い、青樺ぁ!」

大きな呼び声に、ぼーっとしていた俺ははっとした。

「いつまでたっても帰ってこないから、貴紗烙が心配してたぞ」
「あ、ごめん。元堅」

貴紗烙が、といわれ俺は彼に使いを頼まれてその帰りだったことを思い出した。

「なんだ〜?ぼーっとして、疲れたのか?この頃働きづめだったからなぁ」

心配げに訊いてくる元堅に俺は先まで考えていたことを知られたくなくてなんでもない、と誤魔化すように笑った。

「いや、大丈夫だ。ただ、花が綺麗だと思って…」
「ん?おお、そういえば牡丹の季節だったな〜」

そして、笑ってふと気づいた庭先に咲いた大きな花弁。紅、白、紫といった艶やかな色ばかり。その美しさに俺はかっこうとばかりに話を逸らした。
元堅も大きく大輪を咲かせた色とりどりの牡丹に興味を移したのか、ほぅーっと朝露に濡れた花弁に魅入っていた。

「牡丹、か…。そういえばあいつが好きだったな…」

何をいうわけでもなく、しばらく花を眺めていた時元堅がぽつりと洩らした呟き。俺は訊いていいものだろうかと思う間もなく、尋ねていた。

「あいつって、元堅の、奥さんか…?」

「……ああ。あいつはいつも自分で育てた牡丹を眺めては笑っていたんだ」

少しの沈黙の後元堅はそういって陰りを落とした笑みを見せた。
その笑顔を見て、俺は俯く。
いった後からの後悔。
訊くべきではなかったのではなかろうかと思い、顔を上げれなかった。

「青樺。……なあ、青樺」

何度も呼ばれ、肩を掴まれて俺はようやっと、下げていた顔を上げた。

「お前、なんて顔してるんだよ。…いいから。お前が気にすることじゃない」
「でも…」
「青樺」
「……でも、」

気にすることではない。そういってくれる元堅だったが、俺にしてみれば彼の遂げるはずだった復讐を邪魔してしまったという罪悪感がある。

いや、罪悪感という一言で片付けられることじゃない。
一人が人生をかけて行おうとしていたモノをやっと成し遂げれるという直前になって、俺の勝手な気持ちで壊してしまったのだから。

「青樺…。俺な、」
「いつまでそこに居るんだ」

きっと、とても情けない顔をしていたのだろう。元堅が悲しそうに眉を寄せて俺に何かをいおうとした時、横から何処か呆れたような声が挟んだ。

「貴紗烙…」

振り返るとそこには気だるそうに首に書を当てながら立つ、貴紗烙だった。
今日も今日とて、豪奢で煌びやかな服を纏っている。

「いつまでたっても、戻ってこないから元堅に見てくるようにやったんだが…?」

ふぅ〜っと溜め息を零しながら、貴紗烙は元堅へ厭味ったらしく半眼し俺たちに近づいてくる。
一歩進むたびに匂い立つ甘い香り。出会った当初は女のものかと思っていたが、彼の焚く香の匂いだったらしい。

「いや、悪ぃ。ついつい話し込んじまってよお〜」
「ふぅん。それで?使いの方はちゃんとやってくれたのかな…」

その甘い匂いが濃くなったかと思うと、俺は気づけば貴紗烙の腕の中に居た。

「青樺…」
「なっ、貴紗烙っ?!」

耳元での低い甘い囁きに、俺は驚いた。近い距離と密着に、腕から逃れようと、ジタバタと暴れるが思いのほか拘束力の強い。

だから、あまりに必死な俺を見て彼が笑って拘束から放してくれるときには、俺はぜーはーと肩で息をしていた。

「あははははっ。必死だな青樺。ん?」

からかいを含んだ笑みに俺は子供のようにむくれるしかなかった。
それを見てまた貴紗烙は笑う。
膨れた頬を、意地悪く何度も押してきた。

「もう、やめろよ…っ」

俺は貴紗烙の手を払い、未だ笑い続ける貴紗烙を睨みつけた。
その時、


「あ…」


貴紗烙と元堅の背中の向こうに俺のよく見知った姿を見つけた。













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