好きだよって あなたに伝えられたら 僕はどんなに幸せだろう でも 僕はもうすぐ逝ってしまうから あなたと笑いあうことができなくなってしまうから 僕の世界が終わるときにも あなたには 変わらず笑っていて欲しいから 神様、もう少しだけ あの人の傍に いさせてください WAVER 「わっかな〜!おはよっ」 「おはよう。隼世」 朝からがばっ。と抱きつかれ、広瀬若菜 成宮隼世を見上げた 「今日も可愛い反応ありがとな、若菜」 そんな若菜の反応に満足げな顔をして、隼世はゆっくりと腕を離した 「ばかっ」 隼世の言葉にますます顔を赤くしながら、 若菜はぷいっと横を向いた そんな若菜に苦笑いしながら、隼世はそっと若菜の手をとった 「ほら、教室行くぞ」 力強くひく隼世の手のぬくもりを感じながら 若菜は隼世とつれだって教室へと向かった 「おっ、きたな。おはよう、若菜。隼世。今日も仲のいいことで」 もう日常となってしまった光景に、心の中でごちそうさまと言いながら 川野雅は2人に向かって手を振った その雅の言葉に、若菜は慌てたように隼世の手を離し、自分の席へと向かった 「別に離さなくても…」 急に居場所を失った自分の手を見つめる隼世を憐れみの目で見つめながら、 雅は肩をすくめた ”いつものことながら、隼世がかわいそすぎるぜ。まったく…” 隼世の視線の先にいる若菜を見て、雅は大きくため息をついた 若菜と隼世は恋人同士というわけではなかった 2人の親友の雅から見ても、お互い想いあっていることはばればれなのに 男同士ということがひっかかっているのかとも思っていたけれど、 そういうわけでもなさそうだった ところかまわず2人でいちゃついているくせに、急に若菜がはっとしたように 隼世から離れていくことが多いように思えた 「雅〜」 ものすごく情けない顔をして、助けを求めるような隼世の頭を軽くなでると 雅は、自分の席から外を眺めている若菜に視線を移した ”俺が、聞いてやるか” 雅はもう一度 大きくため息をついた 「あ〜もう、本当に最悪」 休み時間に保健室へとやってきた若菜は、そうつぶやくとベットにつっぷした 今日こそは、隼世の手を振り払うと決めていたのに つながれた手があまりにも嬉しくて 離したくなかった 「これ以上、好きになってどうすんだろ」 枕に顔をうずめながら、若菜は顔をしかめた 「そんなに悩んでたら、具合悪くなるわよ」 そんな若菜の様子に、笑いをこらえながら 保険医の上原加奈は、若菜に布団をかけてやる 「毎日、成宮くんに会いたいんでしょう?おとなしくしてなさい」 “成宮”という名前にぴくりと反応して顔を染める若菜を、ぽんっと軽く叩くと 加奈はデスクワークへと戻った 加奈と若菜しかいない空間に やけに時計の音が響いていた 「先生、好きな人いる?」 ぽつりと聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で言った若菜の言葉に 加奈はペンを止め、そっと振り返った 「いるよ」 「好きだって伝えたい?」 若菜の聞きたいことがなんとなく感じられて 加奈は胸が痛くなった 「もし自分がもう少しで死んじゃうってわかってても」 若菜の体が少し震えているような気がして 加奈は布団越しにぎゅっと抱きしめた 「好きな人には 好きだってわかっててほしいし、自分のことも好きだって言ってほしいね」 頭まですっぽり布団にうまった若菜が、小さく頷いた気がして 加奈は言葉を続けた 「でもそれは、その人を苦しめちゃうかもしれないから 怖いね」 ―――若菜の心を代弁するように 若菜は脳腫瘍におかされていた それが発見されたときには、もう先は長くないかもしれないと言われていた 両親や医者の反対を押し切って、若菜は学校へと通い続けていた 病院でだた治療をして生命を伸ばすことよりも 残された日々を大切に生きたかった 少しでも 好きな人の傍にいたかった 隼世と出会ったのは、高校の入学式だった 同じクラスで、たまたま隣の席になったことがきっかけで仲良くなった ちょっとしたことにもさりげなく、手を差し伸べてくれる隼世を 好きになるのに時間かからなかった 隼世とは中学時代からの親友だという雅とも仲良くなって 3人で遊びに行くことが多くなっていった 日々が過ぎる中で、隼世の隣にいることが当たり前になっていった いつの間にか毎朝の習慣になっているスキンシップも手をつなぐことも、 最初はあまりに早い心臓の音が 隼世に聞こえてしまわないか心配だった 隼世との日常が増えるたびに 隼世を想う気持ちも 大きくなっていく 隼世が自分のことを 本当に好きでいてくれるのがわかる分 好きだと告げるのが 怖かった 「若菜、いる?」 加奈に抱きしめられ、だいぶ落ち着いた頃 雅がひょいっと保健室に顔を出した いるよ。とベットから軽く手を振ると、雅は手を振りかえしながら ベットの横においてあったイスに座った 「最近、体調悪いのか?よく保健室にいるけど」 そういいながら、若菜の額に手をのせ 雅は熱はないなとつぶやいた 「ちょっとね。でも平気だよ」 若菜は下を向いて軽く笑うと 心配そうに2人をうかがう加奈に にっこりと笑った 「おっ、もしかして加奈先生とできちゃった?」 そんな若菜と加奈を見て、雅はニヤニヤと笑った 「あらっ、そうだっていったら 川野くんどうするの?」 加奈はちょうど雅の正面にくる位置に座り、雅をじっと見つめた 「加奈先生のこと狙ってた俺としては、かなりショックですね」 「あらっ、川野くんにそう言ってもらえるなんて光栄だわ。ありがとう」 加奈は雅の答えに 楽しそうに笑いながら 仕事へと戻っていった 「なぁ、若菜。ちょっと2人で話せるか?」 加奈が仕事に戻ったのを確認して、雅は小声で若菜にたずねた 若菜は首をかしげ、少し考えた後 こくんと頷いた 「先生、ちょっと雅と話してくるね」 それなら私が出て行くわよ?という加奈に笑顔で礼を言って 若菜と雅は外に出て、ベンチに座った 「話って?」 座っても全く口を開かない雅に 若菜は問いかけた 「雅?」 なんとなくいつもと違う雅がまとう雰囲気に 若菜はのみ込まれそうになっていた 怒っているわけではなさそうだけれども、 静かな雅が 少し恐ろしく思えた 「あのさ…」 雅は、不安げにゆれる若菜の目を見据えた 「隼世のこと 好きだよな」 若菜の目が一瞬大きく開いて 雅から逃れるように 視線をさまよわせた 「なんで…」 小さくつぶやく若菜の言葉に、雅は自分の思いを重ねた 「隼世と付き合わないのか?隼世は、若菜のこと…」 「やめてよ!」 雅の言葉をさえぎり、立ち上がって保健室へと戻ろうとする若菜の腕をつかむ 「離してっ!」 大きくふりはらわれた自分の手を雅はじっと見つめた なんで若菜、震えて…まるで… 雅はぎゅっと手を握りしめると、早足で立ち去る若菜の背を見つめていた あと数歩で校舎の中へ入るという時に、なんとなく若菜の体が揺れた気がした 雅は地震だろうかと思い、一瞬校舎を見上げ 何の変化のないことに首をかしげた 「若菜っ!!」 もどした視線の先に 地面に倒れた若菜がいた 「広瀬くんね、病気なのよ」 あのあと急いで若菜を抱きあげ、保健室へ運ぶと 加奈は慌てたように救急車を呼び 若菜は病院へと運ばれていった 意味がわからないような顔をして残された雅に 加奈は大きく息を吐いてから、ゆっくり話しはじめた いつになく真剣な目をして 「病気って…」 雅の問いかけに、加奈は重い口を開いた 心の中で若菜に ごめんね。と謝りながら 「…脳腫瘍なの」 加奈の言ったことに声が出ず 雅は心の中で病名を繰り返した 「それって…治るんですか?」 ようやく出たかすれたような声で、加奈に問いかけた 自分の今思っていることが 現実にならなければいいと思いながら 「もう、長くないって」 そっと目を伏せ、加奈はしぼりだすように声をだした 雅はその言葉に、歯をくいしばって涙をこらえた 沈黙だけが、2人を包んでいた 次の日から若菜は学校にこなくなった 不思議がる生徒たちに担任は「広瀬は風邪をこじらせて」と説明していた 真相を知っている雅は、痛む心を抱き 心配そうに若菜のいない席を見つめる隼世を見つめていた 加奈から若菜の入院している病院を聞きだした雅は 放課後 その場所を訪れていた 病室の前で大きく深呼吸してから 雅はノックをしドアを開けた 「雅!」 意外にも明るく迎えてくれた若菜に 内心ほっとしながら 「ほれっ、見舞い」 「あっ、授業のノートだ。ありがとっ!」 にこにこと笑う若菜が妙に痛かった 「ごめんね、驚いたよね」 しばらく世間話をしていた時、ふいに若菜が言った 「でもどうしても学校に行ってたくて」 その理由がわかっていた雅は、若菜の頭をそっと撫でた 「隼世には…」 そんな雅の行為に少し顔を緩めながら 若菜は続けた 「絶対に言わないで」 見ているこっちが痛いくらいの笑顔で…… いつまで待っても学校にくる気配のない若菜を 隼世は本当に心配していた 担任に何度聞いても 風邪が長引いているの一言で 見舞いに行っても 風邪がうつるといけないからと 隼世はおいかえされていた 日ごとにため息の多くなる隼世を見ていられなくて 何度か本当のことを雅は言いかけていた けれどその度に、あの時の若菜の笑顔が浮かんできて 雅は隼世に何も言えずにいた 「よおっ、若菜」 「雅!いらっしゃい」 隼世に悪いと思いながらも、雅はほぼ毎日のように若菜を訪れていた 代筆したノートとその日あったことを若菜に伝える為に 「隼世は、落ち込んでる」 若菜は特に隼世のことを聞きたがった その内容が、結果的に若菜を傷つけるものであっても 全てを教えてほしいというのが若菜の望みだった 雅は2人の間で痛む心を隠しながら、若菜に隼世のことを伝え続けた 「まだ隼世は僕のこと気にしてくれてるんだね」 若菜は隼世の話を聞きながら よく泣いた 「雅、ごめんね。ありがとう」 雅の痛む心を気遣って、また泣いていた 「急なことだが、広瀬が転校することになった。みんなによろしくと言っていたぞ」 若菜が入院してから1ヶ月 担任のその言葉に教室がざわめいた 雅は『転校』という言葉が、 もう若菜が学校生活に戻れないことを意味しているとわかっていた 雅は隼世を見つめ、そっと視線を空へとうつした 若菜…隼世が泣いてるぞ… 静かに震える隼世を見ていられなかった 「隼世、話さなきゃいけないことがあるんだ」 今まで見たことのないくらい沈み込んだ隼世を 雅は屋上へとひっぱってきていた 少し天気の悪い今日みたいな日は ほとんど人気のないことを知っていたから 「若菜のこと、本当に好きか?」 雅の突然の問いに少し戸惑いながらも 隼世は力強く頷いた 「なにがあっても、それは変わらないよな?」 雅の問いに隼世は変な顔をしながらも また力強く頷いた ”若菜、わるいな…” 心の中で若菜に謝りながら、雅は若菜の全てを告げた もと早くこうすればよかったと最後につけ加えて 隼世はただ黙って雅の話を聞いていた 途中からぎゅっと手を握りしめ、雅を見つめていた 雅の話が終わると同時に、隼世はその場にしゃがみこんだ 「隼世っ!おいっ、大丈夫か」 「俺は…若菜に何もしてやれないんだな」 慌ててかけよる雅から顔を背け、隼世はつぶやいた 「若菜は俺のこと考えてくれているのに…俺は若菜を苦しめてる」 顔を悔しそうにゆがめ、隼世は雅を見上げた 「俺は若菜に何をしてやれる?」 コンコンと静かな病室に ノックの音が響いた 横になっていた若菜は返事をしながら ゴロンとドアのほうへ顔を向けた 最近、ベットで座って過ごすことも若菜は難しくなっていた 「雅?」 なかなか開かないドアを見つめて 若菜はいつも明るく現れる友達の名を呼んだ その名前に弾かれるように、ドアが開いた 「はや…せ…」 「 久しぶり」 無理やりつくった笑顔で隼世は若菜のベットへと近づいた あわてて起き上がろうとする若菜をやんわりととめて 「なんっで…」 「雅が教えてくれた。若菜にごめんって」 隼世は、前よりも小さくなった気がする若菜の手をそっと握りしめた 「若菜。 俺、お前のこと好きだよ」 はっとしたように見開かれる若菜の目に 隼世が映っていた 「ずっと好きだったよ」 ずっと若菜が求めてはいけないと思っていた言葉が 隼世から溢れてくる 「若菜と一緒にいたい。 一緒にいよう」 「はやっせ…」 「若菜の隣にいさせて…」 ぐいっと体をひかれ、若菜は隼世の胸の中へと収まった 「愛してる 若菜」 「 隼世」 背中にまわされる隼世の懐かしい腕のぬくもりを感じながら 若菜は隼世の背へと腕をのばした 「僕も…隼世が好きだよ たぶんそんなに遠くないうちに1人にしてしまうけど でもっ・・・隼世が…んっ」 隼世の唇が、若菜の唇にそっと重なった 「若菜」 耳元で囁かれる自分の名前が愛しい 隼世のと重なる自分の指が愛しい 「好きだよ、隼世。 愛、してるよ」 残り少ない日々をあなたと共に過ごしていたい その時がくるまで あなたと 苦しめてしまうとわかっていても あなたが 愛しい 「雅。僕がいなくなったら、隼世のこと頼むね」 隼世と若菜が一緒に過ごすことを決めた日から1週間がたった 前よりも笑顔が多くなった若菜の横に 補習で遅くなる隼世の代わりとして、雅がいた 「なに言ってんだよ」 若菜の言葉に苦笑しながら、雅は若菜の額に軽くデコピンをかました 「毎日、幸せなんだろ?」 「うん、幸せだよ」 雅の問いに、満面の笑みを浮かべて若菜は頷いた 「なら、まだまだその心配はしなくていいぞ」 そんな若菜の笑顔に、内心やられたと思いながら雅は続けた 「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ!だぞ」 「あはは。そーだね」 雅の言葉に声をあげて笑いながら、若菜は窓の外を見つめた 「あ〜あ、早く隼世こないかな。眠くなってきちゃったよ」 イスに座って本を読む雅に ちょっと寝ちゃってもいい?と声をかけ 若菜は目を閉じた もうすぐしたら来るであろう 愛しい人を想って 終 |
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2004年6月12日 |