ねぇ、海へ行こう 手をつないで 砂浜を歩こう 今までの時間 取り戻そう Deep In My Heart 「ねぇ、知明。 私たち、結婚しない?」 「…いいよ」 トオキ、お前は今 幸せか? 俺は お前を忘れられない トオキに別れを告げてから、もう2年がたつ 桜並木の下を手をつないで歩いたあの日 登紀に対する想いは、思い出になっていたことを知り、 トオキの存在の大きさを知った もう、隣にはいることはできなかったけど トオキと別れてから、俺はふらふらと夜の街をさまよい、 若村 アリサと出会った アリサは俺よりも2つ年上で、夜の街で働いていた 男みたいなさっぱりとした性格で、姉貴という感じだった なんとなく色んな話をしているうちに、アリサによりかかるようになって アリサと一緒に住み始めた アリサは、俺を支えてくれる存在だった アリサは、登紀のこともトオキのことも知っている 「1人で抱えることなんてないんだから。バカ」 アリサは俺の話を聞き、俺の分まで泣いてくれた 「知明にだって、幸せになる権利はあるんだからね」 そう言って、俺を強く抱きしめてくれた 「私が知明を幸せにしてあげる」 アリサはそういって よく笑った 「結婚なんて一生することないと思ってた」 「私もしないと思ってたなぁ〜」 アリサは笑いながら、貰ってきたばかりの婚姻届を書いていた 「こんな紙で夫婦になるんだよ〜。変な感じ」 そう言って、アリサは最後にハンコを押した 俺たちは夫婦になろうとしていた アリサと2人で区役所に婚姻届を出しにいくことにした 「ねぇ、知明。外でお昼ご飯食べてかない? パスタのいい店、知ってるんだ〜」 「いいけど、俺でも払えるとこにしろよ」 「足りない分だけ、貸したげる♪」 「そんな高いとこなのかよ(苦笑)」 アリサの提案で、昼ご飯を食べてから行くことにした アリサは仕事柄のせいか、おいしい店をよく知っていた ちょっと値段が高いのがアレなんだけれど… 「ここはね、カルボナーラがおいしいよ」 「じゃあ、俺はそれにする。アリサは?」 「キノコの和風パスタ」 「了解」 近くにいた店員を呼び、注文をする 一礼をして店員が去っていくと、アリサが俺の後ろを指さした 「何?」 「なんか、さっきから後ろの彼が知明のこと見てるよ? 知ってる人じゃない? 結構いい男だよvv」 アリサは仕事用の笑顔で、その男に手を振った 俺はそんなアリサに苦笑しながら 後ろを振り返った 「トオキ…」 その名前にアリサの笑顔が固まったのがわかった 別れたときよりも 男らしくなったトオキがそこにいた アリサは黙ってパスタを食べると、先に店を出て行った 無理矢理つくった笑顔で 「先、帰ってる」と アリサは 俺の本当の気持ちに気づいてる 「久しぶりですね、先生」 「もう、先生じゃないだろ。…元気、だったか?」 「はい…」 店を出て、トオキと近くの公園に行った 平日の昼間ということもあってか、子どもは1人もいなかった 2人でベンチに座った 隣に座ったトオキの体温のせいか 胸が痛かった 「さっき一緒にいたキレイな人、知明さんの彼女ですか?」 久しぶりに呼ばれた名前に 胸が高鳴った 隠し続けていた想いが あふれだしそうだった 「彼女だよ。……もうすぐ結婚する」 トオキの顔が見れなかった “俺はアリサと結婚するんだ” 自分が言った言葉が、自分に返ってきている気がした 「そうなんですか」 トオキはそう一言だけ言うと、立ち上がった 「これから、仕事あるんで」 俺の方は見ようとはせず、背を向けて歩きだした まるで、2年前の俺のように 「トオキ!」 去っていく背中に思わず声をかけていた 「お前、幸せか?」 その言葉にトオキはゆっくりと振り返り、淋しげに顔をゆがませた 「知明さんと一緒にいた時が、1番幸せだったよ」 あの頃の自分が、求めていた言葉だった 「知明さんに逢いたかったよ」 俺はトオキの腕の中に飛び込んでいた もう2度と触れることはできないと思っていた でも今、こうしてトオキはここにいる 背中へとまわされる腕に、少し戸惑いが見えたけど 記憶の中よりもすこしたくましくなったトオキは 俺が知っているのと同じあたたかさがあった 「知明さん…今でも、あなたを愛してる」 耳元でそっと囁かれた言葉が 本当に嬉しかった 「ただいま」 日が暮れた頃 俺は一人、アリサが待つ家へと帰ってきた 「おかえり〜!遅かったね」 もうすぐ出勤する時間がせまっているアリサは ばたばたと準備をしていた いつも通りの笑顔を向けるアリサが 妙に切なかった 「トオキくんとは、ちゃんと話せたの?」 アリサはメイクをしながら鏡越しに俺を見ていた 「うん」 「まだ、知明のこと好きだって言ってた?」 「…うん」 「知明もそうだって、ちゃんと伝えられた?」 「アリサ…」 全てわかっているようなアリサの視線から 逃げたい気持ちでいっぱいだった 「ずっとね、わかってたよ」 アリサは瞳を伏せ、静かに笑った 「ばいばい、知明」 「アリサ」 手に持っていた口紅をゆっくりと置き アリサは振り返った 「約束したでしょう?知明を幸せにしてあげるって。 トオキくんと幸せになってね」 今まで見たことがないほど綺麗に アリサは笑った 床に転がったしわくしゃの婚姻届が アリサのかわりに泣いているみたいだった 「ごめんな、アリサ」 いつも通りに仕事へと向かうアリサの背中を見つめ 俺はそう言うのが精一杯だった 背を向けたまま、手を振る彼女を抱きしめたい衝動に駆られた 俺の分まで泣いてくれて 俺にも幸せになる権利があるんだと言ってくれたアリサに 俺は何もしてやれなかった ただずっと傷つけることしか出来なくて ごめんよ、アリサ 机の上にお揃いで買ったシルバーの指輪を置いた 『ありがとう』 ただ一言だけ書いたメモと一緒に 2人で過ごした時間を 絶対に忘れない アリサ 君を 忘れない 荷物をまとめ、部屋を出て 俺は2年前の場所へとやってきた 桜はもう散ってしまったけれど トオキはあの日と同じ場所に立っていた 「トオキ!」 「知明さん!」 もう一度、ここからはじめよう 手をつないで 歩いていこう これから先の未来へ 2人で歩いていこう もう2度と 離れない 「なぁ、トオキ。もうすぐしたら、海にいかないか?」 「海?」 「夕日が綺麗に見える場所、知ってるんだ。 お前と一緒に見たいんだ」 登紀と見ていた 思い出の中の夕日 とても綺麗だったけど きっと これから先に見る夕日の方が 何倍も綺麗だと感じられる もう 登紀はいないけど 今は トオキが隣にいる 今ではもう 登紀よりも 好きだと言える存在だから さようなら 登紀 君と 出会えて よかった 「トオキ。今、幸せか?」 そんな俺の質問に トオキは俺をそっと抱き寄せた 「幸せですよ。知明さんが一緒にいるだけで。 知明さんは、違うんですか?」 少し不安げな瞳をして トオキは微笑んだ 「幸せだよ」 そう言って ゆっくりと目を閉じた 海に行こう 手をつないで 砂浜を歩こう トオキ お前を愛してる 終 |
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2004年6月13日 |