ずっとずっと好きだった人と付き合うことになった 相手は5つ年上の大人の男(ヒト) 僕の家庭教師(センセイ) Call My Name 先生は、いつもどこか淋しそうに見えた 誰かをずっと探しているようで 2人でいる時も、僕じゃない誰かを見ているようで 僕に笑いかけている時も、僕じゃない誰かに向けているようで 先生の名前は、川瀬知明 これでも昔は不良だったと笑っていたけど、そんな風には全然見えないマジメな感じの人だ 僕は先生の通っていた大学を目指している まだ受験には少し早いけれど、僕の学力じゃあまりにも無謀すぎるから 今から勉強しないと間に合わない 先生は 「お前なら、大丈夫だよ」 と言うけれど、そんな自信がどこからくるのか不思議だった 先生が教えてくれるようになって、一年がたったころ 僕は先生に対して、決して言えない感情を抱き始めていた それは ― 恋愛感情 ― はじめは、同性に対してこんな感情(もの)を持っちゃいけないと思っていた ・・・でも、どうしようもなく先生に惹かれてしまう 週3回先生に会える日が待ち遠しくてたまらない 「先生って、好きな人いるの?」 どうしても気になって、思い切って聞いてみた 「今は・・・いないよ」 先生は曖昧な顔をして、そう一言だけ答えた 『大学に合格したら、僕と付き合って』 『先生のこと、好きなんだ』 試験が近づいたある日、そう僕が言うと 先生はまた曖昧な顔をして、「いいよ」と頷いた 必死で必死で勉強して、僕は晴れて大学生になり 先生と恋人同士になった 先生はいつも曖昧な顔をする 先生から恋人になったから、「知明さん」と呼んでも 僕の名前は決して呼んでくれない ・・・出会ってから一度も、僕は名前を呼ばれたことがない 何度キスをしても 何度抱きあっても 先生は僕の名前を決して口に出そうとはしない 付き合い始めて2度目の春がきても、それはかわることがなかった でもそれに触れてしまったら、2人の関係はもう終わってしまう気がして・・・ 僕は何も言えなかった 他の誰かに向かって笑っていても 僕の名前を呼んでくれなくても 先生がいてくれるだけで それだけでよかったから 3度目の春がきて、近くの桜並木を2人で手をつないで歩いていた 「あのさ・・・」 珍しく先生が先に口を開いたから、僕は嬉しくなって立ち止まり先生の顔を見つめた でもその表情は硬くて、桜には不似合いだった 「もう・・・やめにしないか?」 「何を?」 なんとなく言葉の先はわかっていた ずっと前から予感がしていたから でも聞きたくなくて、先生の目を見たくなくて そっと視線を桜へと移した 「別れよう、俺たち」 「・・・どうして?」 「わかってるんだろ?」 「何を?」 先生の視線が、初めて僕だけに向けられていた 「本当に好きになってやれなくて、愛してやれなくて、ごめんな」 「さよなら」 「トオキ」 何度も何度も本当は呼んで欲しかった僕の名前が 桜吹雪の中に溶けていった 背を向けて歩き出す先生の背中が、涙でゆがんでいた 先生・・・僕、 幸せだったよ 終 |
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2004年5月8日 |