1の愛情から
4.罪帰
最悪だった。
最悪の展開だった。
一番見られたくなかった人に見られた。
他のクラスメイトや先生に目撃されるよりも、彼にだけは見られたくなかった。
真っ暗な暗闇の中郁は子供のように膝を抱え、ベッドの上で蹲 っていた。
灯りをつけていない部屋の中、時折家の前を通る車のヘッドライトが光源となっていた。
その光に照らし出される郁の顔は白く映し出されていた。
明るく誰にも好かれる彼。
自分にはない要素を持っている。そんな彼だから、郁は憧れていた。
いや、惹かれていたと言っていい。いつも彼のことを目で追っていた自覚があるから
そんな彼に知られてしまった、郁の秘密とも言える後ろめたい現状を。
厭きれられちゃっただろうな…男が男の慰み者にされてるなんて
コツン、と頭を窓に当て自嘲気味に笑う。
それも義兄に…
郁はやるせなさに目を閉じる。窓に映った自分の顔は酷い表情だった。
なんで…。なんで彼だったんだろう?せめて・・・・・・
郁は祈るように呟き、暗い闇の中へと落ちていった。
「はあぁぁ〜っ」
悌也はその日何回溜め息を吐いたのか分からない。
「なにぃ〜?お兄ちゃん、さっきから」
仕事でいない両親以外での夕食時、目の前に座っていた妹萠 からの突っ込みに悌也はうっせえ、とだけ返した。
今は、可愛い妹だけど構ってやれる時間と気持ちではなかった。
萠はそのそっけない扱いに一瞬ムッとするも、未だ溜め息を吐き続ける兄に心配そうな顔をした。
「なんか悩み事とかあるの?」
「…別に…?」
不思議そうに訊いてくる妹に悌也は一度だけチロリと目を遣り、そっけなく言葉を返した。
「別に、って。そんな感じじゃないじゃんっ」
普段ならば、悩みもなさそうなくらいの能天気さで、こんな時も心配ないの一言で終わるのだったが。
らしくない兄に萠はますます心配になる。
悌也はそんな様子の萠に多少のすまなささを感じつつもそれ以上は何も答えなかった。
悩み事あったって、こんなこと言えるかよ…っ
今日の昼休み悌也は郁を呼び出した。
それは昨日のことを訊く為であり、郁を心配していたから。
あんな風に直情的に話して訊くはずではなかった。
もっとゆっくり脅えさせないように、時間をかけて問い質すつもりだった。
それが……。
今日の出来事を思うと、自然と溜め息が零れ落ちてくるのはしょうがないと言える。
萠が悌也の溜め息が漏れる度、顔を顰めていたが、悌也は零れ落ちるそれを止めることは出来なかった。
後片付けをしている萠を残して、部屋に戻った後も悌也は郁の少し青ざめ脅えた顔を忘れられなかった。
何度も打ち消そうと頭を振るが、その度に一昨日の郁の痴態が思い起こされて、あらぬ方向に気持ちが動いていくのにどうしようもなかった。
「くそぉ…」
一体自分はどうしたいのだろう。
ごちゃごちゃした頭では考えても仕方のなかったことだったが、つい考えてしまう。
とにかく。
彼の、郁の気持ちが分かれば…。
そうしたならば、自分は彼の望む方向に動こうと、ある結論に達したその答えを頭の片隅に思いながら悌也は眠れそうにない頭を落ち着かせる為目蓋を下ろした。
コンコン。という決して控えめでもなく大きくもない、ノックする音に郁は微睡 んでいた意識が急浮上する。
かろうじて、二度目に叩かれる前に郁は咽喉に張り付く声を震わせた。
「…、はい」
郁の小さな声が壁の向こうに聞こえたのか、ノックした主はドアを開き室内へと足を踏み入れた。
暗がりでも分かるその長身は確かめなくともこの家に一人だけしかいない。
もっともいたとしても今は殆ど郁とその人物でしか住んでいないのだから関係ない
長身の影は部屋の暗さに多少驚いたのか、郁の耳に微かに息を呑む音が聴こえた。
「こんなに暗くして、もう寝ていたのか?」
パチッとドア付近にあったスイッチを押し、皮肉気に言う義兄の顔を見定める前に郁は眩しさに顔を顰め、目を細めた。
次に目を開けると久遠は郁のすぐ傍まで来ていた。
「なんの、用ですか」
郁は近すぎる接近に身体を捩 り、ベッドの上を後ずさった。
声が自然と震えるのが止められない。
久遠は無意識に震える郁にまた一歩近づく。
「何って、今日はお礼をしに、ね」
「お礼?」
「そう、お礼。昨日は思いがけない場所でいい具合に達 かせてもらったからな。
今夜は郁に良い思いをしてもらおうと思って」
久遠の躊躇ない言葉に昨日の保健室で行われた行為を思い出し、郁はカァッと身体を熱くさせた。
そして同時に急速に冷えていくのを感じた。
「…結構、です」
どんどん近づいてくる久遠から出来るだけ逃げ、郁は吐き捨てるように申し出を断った。
しかし久遠は郁の答えに眉を上げるだけで退こうとはしない。寧ろ郁を追い詰めていた。
「…っ」
気付けば逃げ場所がなくなっている。
ギシっという音と共に覆い被さるように出来た影に郁ははっとして顔を上げた。
部屋の明かりを背中に、久遠が郁の身体を組み敷く。
「ヤメッ…!」
「大人しくしようか」
逃れようと精一杯の抵抗も僅かなモノとし、久遠は郁の身体の自由を封じ込めていく。
まだ制服から着替えていなかった郁のズボンからベルトを引き抜き、手首を拘束する。
そうして下半身を覆うズボンと下着を一気に引き摺り下ろした。
「イヤだっ!」
下半身の心もとなさに、久遠の圧倒的な支配に、これからされるであろうことに対して郁は怯えを見せた。
その怯えが久遠の暗い悦びを与えることも知らずに。
「イヤだ、義兄さんっ。外してっ!」
「どうして?これは俺からのお礼なんだから素直に受け取ればいいよ」
「そんなのっ…、いらないっ」
顔面蒼白となって暴れる郁に久遠は目を細め、その白い首に手を這わせる。
「か、はっ…」
ぐっと力を込められ、郁は息を詰まらせる。
徐々に込める力を強くする久遠に郁はやめてくれ、と眼で訴えた。
しかしそれを無視し、尚力を込められ意識が遠退きそうになる。
力に勝てないまま、屈服されるがままになっていることに郁は悔しさを覚える。
なかなか手を除けない久遠に郁は何処かで、ああっと敗北を認めた。
「そうやって大人しくしていればいいんだよ」
大人しくなった郁に久遠は優しげに言葉をかけ、首に回していた手を離した。
そこには久遠によってもたされた赤い痕がくっきりと残った。
その所有印が如く残った痕を久遠はゆっくりと撫で上げ、次いで苦しさに溢れた郁の涙を舐め取っていく。
「…あっ」
ざらりとした舌の感触に郁は身体を震わす。
「うぅ…っ……!…あぁっ!」
暫く慣れがたいその感触に身を震わせていたところ、新たな感触に郁は悲鳴を上げた。
「なっ、イヤ、だ…ぁ。放して…っ」
久遠の手が郁の性器に絡みつき緩やかに上下する。
他人からの愛撫に慣れていない、というよりも初めての郁は直接的に受ける刺激にどうしていいか分からず、身体を羞恥に染め上げた。
「ここを触られるのは初めてか?」
郁の反応を窺いつつ、性器に与える刺激をより高くしていく。
「う、ぁあ…っ…」
途端、悲鳴を大きく上げ、身を捩って逃げようとする郁を久遠は力任せに身体の下へ引きずり戻した。
「ひ!ぅっ、んあぁぁぁ…!」
その鋭い感触が良かったのか、久遠の手に捕らわれていたままだった性器が蜜を垂らし、硬く起ち上がる。
その様を見、久遠は満足そうに笑みを刻む。
「優しいのよりも、乱暴なほうが好きなのか?」
残酷な問いかけに郁はぶるぶるっと頭 を目一杯振った。
そんなわけがない、そんなはずはない、と。だが久遠は否定する郁の反対の行為を取った。
熱く硬く、先走りを垂らしながらそそり立つソレを素早い手淫と意地悪な爪で引っ掻く。
「ひぁああっ、……っん!」
ぽとり、ぽとりと久遠の手に雫が零れ落ちる。それが潤滑剤となってより郁自身を愛撫する動きを早めていた。
「んんっ!」
漏れ出てしまう自分の女みたいな喘ぐ声がいたたまれず、なんとか抑えようと頑張るが、
すかさず久遠が空いているもう片方の手で郁の先端の尿道部分に爪を立てる。
「ひっ、ああぁ、ぁぁぁっ…!」
郁の一際高い喘ぎ声が部屋中に響く。
凄まじい快感とも言える刺激が背中を突き抜けていく。
「…うっふぅぅっ…」
郁の背中が弓なりに反り、絶頂を迎えるかのように身体がビクビク、と細かく痙攣をした。
後一息。あと少しだけ刺激を与えてやれば義弟は落ちるだろう、と確信する久遠はある限りの乱暴な愛撫の手を緩めなかった。
「……嫌だぁ、……やあぁ…っ」
襲い来る快感の波に郁は身体の一部がどこかに持って行かれそうになる。
その曖昧な感覚に僅かに残っていた郁の理性は飛び、意識が薄れていく。
もはや郁に残っていたのは快感を追う従順な身体のみだった。
「そろそろ達こうか」
提案するように持ち掛ける久遠の言葉に嘲りの響きが含まれていたことに、郁は気付くことはない。
ただ持たされる快感をより深く得ようと腰を自然と揺らしていた。
ぐちゅりっ。
「ああぁぁぁ…っ!」
射精感を促すこれまでにない強い摩擦に、白濁とした体液を噴き出しながら、郁の意識は完全に切れた。
ぺちっぺちっ、と頬を叩くその小さな痛みに郁は閉じていた目を開ける。
眼前には久遠が酷薄そうな笑みを浮かべ、郁を見ていた。
「起きたか…」
「…あ…?」
久遠は完全に目を開けた郁の目の前で一層笑みを刻み、
始末していなかった郁のモノで汚れた右手を見せつけるよう、白濁したものを舐め上げた。
「気絶するほど気持ち良かったか」
「なっ!ちっ…違うっ」
「ふぅん。こんなに出したってのに…?」
汚れたその手を突き出し、久遠は郁を見据えた。
「……」
郁は自分で出したモノを悔しそうに見、目を伏せた。
「…っ」
なんで…っ…。なんで…
男の自分が同じ男のものを咥えることもそうだったが、自分がされる側に回ってイかされるとは思ってもいなかった。
久遠は葛藤する郁を見て、面白そうに目を細めた。
「昨日保健室に誰かいたんだけど。気付いてたかな?郁は」
「…ぇ…?」
聞いた瞬間、郁の身体から血の気がサアァっと退いていく。
まさかと思い、久遠を見遣る。
「郁が一所懸命俺に奉仕していた時に誰か生徒が入ってきたんだけどね…あれは、郁の同級生じゃないのか」
どうなんだ?と目で問われ、郁は逃れるようにその視線から再び目を伏せた。
…流回のことだ
「…どうして、そう思うんですか…」
震える声で縋るように問う。
久遠は簡単なことだというように、目を笑みのカタチに細めた。
「その生徒が郁の着替えを持っていたからだ。
あの時まだジャージから着替えてなかっただろう」
違うか?と言われ、郁は否定することも肯定することも出来なかった。
ただ久遠は郁の雰囲気に、知り合いだと読み取った。
久遠は内心ほくそ笑みながら言葉を続けた。
「彼、どう思っているんだろうね。俺との関係を」
ビクリっと身体を揺らし、郁はその場をやり過ごそうとする。しかし、追い討ちをかけるように久遠は言う。
「この際教えてしまおうか?どうしてこうなったのか、彼に…」
「やめてくださいっ!」
思わず声を荒げ中断した郁に久遠は予想済みか片眉を上げるだけにし、郁にとっては辛い鋭い言葉を投げつけた。
「逃げたいか?逃げ出したいだろう」
郁は答えられない。
「それでも別に構わないんだけどね。逃げたければ逃げればいい。
ただし、…お前が、お前自身の罪悪感から目を背けられれば。の話だがな」
「…っ…」
それだけを言うと久遠は郁から離れ、部屋を出て行く。
その間際に久遠は立ち止まると、
「ああ、それから。俺は明日から一週間この家を空ける。
その間に十分と時間があるからね…。この先郁がどうしたいか考えておくといいよ」
そう残しゆっくり戸を閉めた。
パタン、と鳴り響き、残された部屋に静かな空間がまた戻る。
郁はその場から動けず、投げかけられた言葉を頭の中で反芻していた。
一週間…。考える…。…どうしたいのか
ぎゅっとシーツを握り締めるその手に力が篭もる。
郁の運命とも言える何もかもがこの一週間で決まる。
そう確信した郁は噛み締めていた唇を解き、溜め息を吐き出した。
取り敢えず。この汚れたべたべたした下半身をなんとかしなければ。
郁は重い身体を引きずってこの先のことを思い遣った。
続く
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’04 03 青川卓石
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